スポーツと物理学/身近な科学検証シリーズ
1919年4月4日、ベーブ・ルースがフロリダ州タンパのプラントフィールドで行われたニューヨークジャイアンツとの春季キャンプゲームで、おそらく史上最長となる587フィート(≒179m)のホームランを放ちました。ボールが本当にそれほど遠くまで飛んだかどうかについては多くの議論があり、ある記者は、ボールが落ちたとされる球場外の地点までを歩幅で測ったりもしました。球場がまだあった頃、ボールはフィールドを離れ、レース場を横切り、フェンスの反対側に落ちたとされています。参考までに、現在のMLB公式のホームラン飛距離記録は、2019年のシカゴ・ホワイトソックス戦で505フィート(≒154m)を放ったノマー・マザラのものです。
当時、ルースがMLBで最も大きく、強い選手の一人であったにもかかわらず、このような議論が起こったのは、「パワー」ベースボールがまだ発展途上だったからです。
稲妻のような速球や、避雷針に届くほどの雷のような打球は、当時は非常に珍しいものでした。実際、1920年代以前の野球は、一般的に「デッドボール(飛ばないボール)時代」として知られています。この時代の野球では、得点力が低く、ホームランが少なく、得点手段としてバントと走速が重視されていました。最も重要なことは、この時代は用具の規則が緩く、試合球が軟らかく、擦り切れていて、投手や野手が手を加えたことでも知られています。このため、現在のMLBで使用されている球ほど遠くまでは飛びませんでした。
デッドボール時代であったこと、1920年代の筋力トレーニングがまだ初歩的であったこと、スローピッチング、そしてルースのジャンクフード満載の食生活が組み合わさると、このスポーツで最も偉大なスラッガーの一人であるルースでさえ、その偉業に疑問を抱く人が少なくありません。ルースが現代のMLB選手より170~624g以上重いバットを使っていたことを考慮しても、1919年当時の球を使って587フィートのホームランを放つのは、タイタニック級の偉業だったでしょう。
私たちは真実を突き止めようと思いました。当日と同じ条件を再現してシミュレーションすることで、ルースが1919年に本当にこのスイングを実現できたのかどうかを調べることにしました。幸運なことに、アルテアの野球ファンたちには、この真相を解明するための適切なツールがありました。私たちは「ルースがボールを587フィート飛ばすためには、どのような力が必要なのか?」を突き止めることにしました。
私たちは、Altair MotionSolveでモデリングとシミュレーションを行い、ボールがバットに当たるインパクト時の「衝撃」、ボールを打つまでの「アプローチ」、必要な「速度」、そしてその日の天候や用具の寸法など、あらゆる追加要素を検証しました。
用具の準備
試合とルースの用具について集めた詳細情報をもとに、私たちはモデルの初期条件を次のように設定しました。
- 投球の初速:時速98マイル(時速157.7km:1919年の投手としては、これはとてもありえないが、疑わしきは罰せず)
- ボールの初期回転速:1800 rpm
- 投球角:3度
道具の特徴も以下のように設定。
- バットの質量:1.4kg
- ボールの質:0.15 kg

野球ボールとバットに使用されたCADモデル
また、揚力、抗力、風力などの空気力学的な力をボールに適用し、風とボールが空気中をどのように移動するかを考慮しました。私たちが調べたところによると、その日の風速は時速17マイル(約時速27.4km)で、ボールの追い風になっていたといいます。
スウィートスポットを打つ
野球では、バットの胴体の肉の部分、つまり打者が最大限の力を発揮できる場所を「スイートスポット」と呼びます。古典力学では、このスポットは打球中心(cp)と呼ばれ、その場所でボールを打ったときには選手の手に反力を発生させない効果があります。むしろ、エネルギーはバットからプレーヤーの手に伝わるのではなく、バットからボールに伝わるため、インパクト時の振動をほとんど感じず、より強力な打撃につながります。私たちは、このシミュレーションの打球中心を計算しました。
打ち出し角は、ボールを打つ前にバットが水平面に対して移動する角度を定義しました。データによると、ホームランには25~35度の打ち出し角が理想的です。

理想的なホームランの打ち出し角度
ベーブ・ルースのホームラン記録をシミュレートする
シミュレーションの基本コンポーネントと、ボールを打つために必要なバットの軌道をモデリングした後、Altair Inspire StudioとAltair HyperViewを使って、ホームランを視覚化しました。Inspire Studioは、入門者、専門家問わず、デザイナー、建築家、デジタルアーティストがデザインをビジュアル化するのに最適な、高速で革新的なソリューションです。
Inspire Studioによるホームランのレンダリング
Inspire Studioによるホームランのレンダリング(クローズアップ)
ボールにかかる空力は、以下のHyperViewのシミュレーション動画で見ることができます。
HyperViewで見た野球ボールにかかる空気力学的な力の揚力と抗力
ここでは、HyperViewでのホームランシミュレーションのクローズアップをご覧いただけます。HyperViewでは、複数のシミュレーションタイプのポスト処理とモデルの可視化が可能で、幅広いソルバーがサポートされ、より迅速に結果を得ることができます。
結果比較
ホームランに寄与した具体的な要因を理解するために、いくつかのグラフを作成しまして、存在していた可能性のあるさまざまな条件を示しました。
1. 風の有無による比較

X-Z平面上のバットとボールの軌道
この結果から、仮に風がホームランをアシストしていなかったとしても、移動距離は390~400フィートの範囲内であったことがわかります。現代であればそれほど大きな飛距離ではありませんが、それでも印象的な一打であり、現代のほとんどのMLB球場ではホームランになるでしょう。

ボールに働く空気力学的な力

打者の手に働く反力を表したグラフ
上の図を見ると、ボールが「スイートスポット」でバットに当たるため、ルースの手にかかる力は小さかったはずです。
2. ボールがバットの中心に当たらない
ここで、「スイートスポット」以外の場所でボールを打った場合、ルースの手にかかる力がどのように変化するかを見てみたかったので、風の力を含むケースを使いました。

打者の手に作用する力は、「スイートスポット」に当たらないと指数関数的に大きくなる
バットの中心以外の場所でボールを打つと、ルースの手にははるかに大きな力がかかります。
3.打ち上げ角度の比較
最後に、打ち出し角度の違いがホームランの飛距離にどのような影響を与えたかを検証しました。ここでも、風力を含むケースを観察し、モデルの打ち出し角のパラメーターだけを変えました。打ち出し角度は、15度、30度、40度の3つのケースを使用しました。
ルースのホームランを放つには30度の打ち出し角が理想的でした。もっと大きな角度でも同じような結果を得ることができたでしょうが、それ以下ではだめでした。
結論
今回の結果を踏まえると、このホームランを可能にしたのは、力に加えて打ち出し角度、バットスピード、空気力学的な力、風などの複合的な要因であったと考えられます。同じ力でも、ボールを打つバットの角度が異なっていれば、結果は大きく違っていたかもしれません。風や天候も同様です。
さて、ここで冒頭の質問に戻ると、偉大なベーブ・ルースが575フィートを超えるホームランを打つには、打球速度145マイル(約233キロ)のボールを打つ必要がありました。MLB史上最速の打球(高精度の最新測定技術を使用)が、2022年8月にオニール・クルーズが放った122.4マイル(約197キロ)のラインドライブホームランであることを考えると、ルースが当時報道されていたような距離のホームランを打つことは不可能に近いでしょう。ベーブ・ルースが身長189cm、体重98kgだったのに対し、オネイル・クルーズは身長204cm、体重99.8kgと大きく、しかも現在使われているのが1世紀近く前に使われていたものより硬くて弾力のある野球ボールであることを考えれば、なおさらです。
この伝説は本当ではなかったと言って差し支えないでしょう。ただ、ルースがMLBの伝説の選手の1人であることに変わりはありません。キャリア通算700本以上のホームランを打った4人のうちの1人であり、引退時には50以上の個人記録を保持していました。彼が「打撃の帝王」、「偉大なバンビーノ」、あるいはもっと単純に「ベーブ」と呼ばれるのには十分な理由があるのです。
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*本ブログは、2022年10月25日に公開された米国本社のDigital Debunkingシリーズ「Did Babe Ruth Really Hit a 587-Foot Home Run in 1919?」を翻訳したものです。
カテゴリー: Altair Global Blog, 身近な科学検証




