冬季オリンピックのスポーツは、最も危険なスポーツだと言う人もいるでしょう。例えば、スケルトン、リュージュ、ボブスレーなどのそり競技です。スケルトンやリュージュでは、選手を守るものはヘルメットしかありません。ボブスレーでは、ソリが選手を保護してくれますが、滑りやすく、曲がりくねった、過酷なコースを突っ走るという事実は変わりません。
物理的な保護はさておき、ボブスレーの走行はスポーツの中で最高速に達します。2019年現在、ボブスレーの最速記録は、ブリティッシュコロンビア州ウィスラーで開催されたBMW IBSF世界選手権で、4人乗りのそりチームが記録した時速97マイル(時速156キロ)です。
もちろん、選手たちはレースに向けて肉体的にも精神的にも非常にハードなトレーニングを行い、大きな衝突なくゴールを目指します。ボブスレーでは数分の一秒単位で勝敗が分かれます。
レース序盤、レーサーはできるだけ初速を稼ぎ、重いソリに戦略的に体重を配分して、コースの曲がり角をうまく通過しなければなりません。一歩間違えると衝突してしまい、タイムとレーサーの安全性に壊滅的なダメージを与えることになります。仮想テスト技術とシミュレーション主導の設計手法を用いることで、設計チームは、動的な負荷がかかる非線形性の高い問題について、このようなタイプの性能をシミュレーションすることができます。
私たちは以前、Altair® Inspire™を使用して、運動負荷を用いたボブスレーのトポロジー最適化シミュレーションを行いましたが、今回はこの研究をさらに進め、大規模な衝突の際の選手の保護方法を検討することにしました。まずモデルを作成し、Altair® Radioss®を使用して2つのボブスレーの衝突と、適切なトレーニングを受けていない場合にこの高速スポーツで負う傷害のリスクをシミュレーションしました。
ボブスレーモデルの作成と検証
まず、初期のInspireモデルをAltair® HyperWorks®にエクスポートした後Altair® HyperMesh®でメッシングを行いました。

HyperMeshでのモデルの拡大図
ボブスレーの基幹構造は、前が閉じていて後ろが開いている船体と鉄骨で構成されています。ボブスレーのカバーと補強フレームを接着するために、HyperMeshで溶接線を作成してパーツを接続しました。次に、各後軸を補強フレームに接続し、前軸とフレームの間に円筒形のジョイントを定義しました。ソリのフロントランナーは、パイロットがソリを操縦できるように十分な可動性が必要です。

ボブスレーのカバー(船体)と補強フレーム間の接着箇所
次に、HyperWorksで特定の箇所に接触を定義し、そりのさまざまな部品間の相互作用を考慮できるようにしました。設計材料を選択する際には、そりのカバーと補強フレームのみを変形可能としました。これは、衝突時に乗員の保護に大きく貢献するのがこれらの部品であることを想定したものです。フレームはアルミニウム、カバーは複合材でモデル化しました。
コース上の選手のスピード、重さ、正確さの他に、ソリ自体の構成もこのスポーツでは大きな役割を果たしています。複合材やカーボンファイバーなどの軽量素材の導入により、より速く加速し、より高いトップスピードに達する俊敏で空気力学的に優れたソリを開発できるようになりました。
本来の衝突シナリオを実行する前に、簡単な荷重ケースと衝突シナリオを実行して、モデルが期待通りに動作することを確認しました。検証が終わると、いよいよバーチャルな衝突用ダミーをソリに積み込みます。
ダミーの設置
HyperWorksのポジショニングモジュールでプレシミュレーションモデルを作成し、Radiossで計算を実行しました。ボブスレーの乗員の体格に合わせた姿勢で、ダミーをボブスレーに配置しました。その後、ダミーとボブスレーの間に接触を定義しました。

多くのダミーを設置
コース上での衝突シナリオのシミュレーション
本プロジェクトでは、側壁への衝突と段差への衝突という2つのシナリオを評価しました。側壁衝突では、選手がそりの制御を失い、コースの端に衝突した場合の状況を調査しました。また、段差衝突では、コース上に予想外の障害物が存在した場合を想定しました。例えば、前の滑走でコース上に落ちたゴミや凸凹の氷などです。これらの衝突による乗員の傷害は、標準的な傷害基準を用いて評価しました。
シナリオ1:側壁衝撃
衝突時の運動の様子を見ると、側壁に衝突した後も全員がボブスレー内に留まっていることがわかりますが、最も衝撃が強かったのは後部座席の乗員でした。なお、実際のレースでは、ボブスレーの選手は空気抵抗を抑えるためにソリの中深くに座り込んでいますが、衝突時の衝撃をイメージしやすいようにダミーの位置を誇張しています。
次に、Altair® HyperGraph®でダミーの傷害基準を計算しました。使用した基準と閾値は、自動車事故分野の安全規制で定められたものです。

HIII50のダミーを使用時の典型的な衝突事故の際の負傷の閾値
ダミーの位置関係を観察することは非常に重要でした。ソリの後方では、ダミーがより激しく壁に衝突し、慣性負荷が大きくなって激しい衝撃を受けました。パイロットの後ろにいたダミーは全員が頭部に損傷を受け、HyperGraphで計算した頭部損傷基準(HIC)とa3ms(3ミリ秒以上継続する加速度の最大振幅)では、推奨値を超える損傷を受けていました。これが、すべてのレーサーが保護用ヘッドギアを使用する理由です。
傷害基準では、そりの後ろにいた2人のダミーも胸を負傷していました。ボブスレーのユニフォームは、軽量で柔軟性があり、体にフィットするようにデザインされているため、体を保護する機能がありません。Radiossのようなツールを使えば、設計者はボブスレーなどの機器のどこを補強すれば身体の重要な部分を保護できるかを把握することができます。
衝突シナリオ2:段差衝突
本衝突シナリオにおいて想定する事故は、ボブスレーがコース上の短い障害物にぶつかったことを原因とするものでした。レースが始まる前には、このような衝突が起こらないように、コースの作業員が氷を平らにする作業を行います。2cmにも満たない小さな凹凸があるだけで、選手は危険にさらされるほどの高速レースのため、コースを平らにする必要があるのです。
HyperViewによるシミュレーション結果の可視化によれば、この種の事故では車両が飛び出す危険性が大きいことがわかりました。事故の規模や乗員のコース上の場所によって、この事故は致命的なものになる可能性があります。
結論
これらの例は、ボブスレーチームとボブスレー設計者がシミュレーション主導の設計を利用することで、繰り返し検証や物理的なテストを行うことなく、複数の設計とシナリオを検討できることを示しています。ボブスレーのように、設計の不備や機器の故障が原因で選手が大きな怪我を負う可能性があるスポーツでは、高度なシミュレーションを利用することで、複数の設計シナリオを一度に、しかも1つのプラットフォームで検討することができます。
このようなシミュレーションと最適化の技術を利用することで、エンジニアはスポーツから自動車産業まで、製品が市場に出る前に設計上の不具合を予測し、防ぐことができます。Radiossを使用することで、自動車の衝突と安全性、衝撃と衝突、および高速度の衝撃に対する製品性能を評価し、最適化できます。衝突後の挙動を正確に予測するための多目的かつ包括的な環境であるRadiossを用いれば、複雑な設計の製造可能性について重要な洞察を得ることができます。詳細については、Radiossの製品ページをご覧ください。
*本記事は、米国本社の「Preventing Crash Injury with Advanced Sports Simulation」を翻訳したものです。
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