機械製品が発生する騒音をシミュレートする目的で音響解析がよく使われていますが、これは騒音ではなく快い音を求める音楽とも密接に関連しています。
ピアノの鍵盤を見ると分かりますが、12段の半音階の組の繰り返しになっており、この一組を1オクターブと呼びます。音が1オクターブ上がると周波数は2倍になります。音響解析は周波数応答解析として行うのが一般的ですので、横軸は周波数、縦軸は音圧レベルという応答線図で評価されます。各周波数での音圧ピークに着目して細かい対策を打っていく、ということも行われますが、周波数域全域を見渡してどのあたりの周波数帯で騒音が発生しているかをおおまかに把握することも重要です。このような場合に用いられるのがオクターブバンド処理です。通常1オクターブまたは1/3オクターブバンドが用いられます。これらはバンド幅内の音圧の平均値となります。基準周波数はJISに規定されています。1オクターブは分かりやすいのですが、なぜ1/2とか1/4ではなく1/3オクターブを用いるかというと、Log2≒0.3なので0.1ずつの刻みが区切りがよいこと、10刻みで周波数が10倍になるので結果が見やすいこと、人間の聴感とバンド幅がマッチしていることで決められたようです。
下図は周波数応答解析で求めた1Hz刻みの音圧応答(青)と、その応答に対して1/3オクターブバンド処理を行ったものです。現在のところHyperGraphの標準機能には含まれていないので、下記の弊社ユーザーフォーラムにある資料とスクリプトをご使用ください。
この1/3オクターブというのは半音4個分の周波数の幅ですが、半音の幅というのはどうやって決めているのでしょうか。最初の方で書いたように、音が1オクターブ上がると周波数は2倍になるということは、幅は等差数列ではなく等比数列になっているということが分かります。1オクターブの間に半音は12個含まれますので、半音上がるごとに周波数を12√2(2の12乗根)≒1.05946倍していけば12回で2倍の周波数になります。音楽の世界ではこれを平均律と呼びます。ピアノやギターなどは基本的に平均律で調律されます。
平均律の他に純正律という調律があるのですが、これは和音に基づいています。和音が人間の耳に快く聞こえるのは、複数の音の周波数の関係が3/2等の小さい整数比になっていてうなりが無いからです。そこでできるだけ小さい整数の比となる周波数の音を並べて音階にすれば完全な和音が得られます。これが純正律です。
トランペットなどの金管楽器は一つの指のポジションでは整数比となる周波数の音だけが出せます。これらの音を倍音といって、例えば下のドの上の音はソになります。これはソの音がドの音の3/2倍の周波数になっているからです。この二つの音はまさに和音になっているわけですが、先ほど説明した平均律ではそうはなりません。ドからソまでは半音が7段階ありますので1.05946倍を7回繰り返すと1.49831となって3/2とは微妙にずれてしまいます。つまり平均律で調律された楽器の和音は今一つ耳に快くない、ということになります。では純正律の方が常に優れているかというとそうは言い切れません。元の調が異なる楽器同士で合奏したり、転調したりすると音の周波数がきれいな整数比ではなくなるので和音が濁ってしまいます。平均律であれば調に関係なくどの和音も完全ではありませんが同じように響きます。平均律と純正律の周波数の違いは下の表のようになります。
ド | レ | ミ | ファ | ソ | ラ | シ | ド | ||
周波数比 | 平均律 | 1 | 1.12246 | 1.25992 | 1.33484 | 1.49831 | 1.68179 | 1.88775 | 2 |
純正律 | 1 | 9/8 | 5/4 | 4/3 | 3/2 | 5/3 | 15/8 | 2 |
このような話は楽器に関するものなので、自動車のエンジン等の機械製品が発生する騒音とは関係ないのではないかと思われるかもしれません。確かに平均律か純正律かというほど微妙な話ではないものの、和音という意味では関係があります。
アクセルを踏み込んでエンジンの回転数が上がっていく時、4ストロークのエンジンであれば発生する騒音の周波数の主成分は回転数(1/s)×気筒数×1/2となります。これは1秒間に何回爆発が起こっているかを表しています。エンジンの中には沢山の部品がありますので、それらの振動は主成分とは別に色々な周波数の音を発生する原因となります。エンジンの回転数に対して何倍の周波数の振動や音が発生しているかを分析する手法を次数成分分析と呼びます。例えば2次成分というのは回転数の2倍の周波数で発生する振動や音を指します。4ストロークの4気筒エンジンであればこれが主成分となります。
分析事例は下の図のようになります。
次数成分分析によって、ある回転数での振動や騒音の中に何次成分がどれくらい含まれているかを分析することができます。整数次成分が主体であれば澄んだ和音となり、5.5次等の非整数次成分が多くなると音が濁ってきます。そこで非整数次成分を発生させている部品や原因を特定して対策を行うことによって耳に快い音を目指していきます。
エンジンの設計にあたっては単に音量を下げるだけではなく、心地よい音質であることも大事な開発指標とされています。
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