解析よもやま話【第45回：磁石おもちゃへの規制でどう変わる？】

子供にとって、初めて感じる磁力はとても興味深いものです。わたしも子供のころ、棒磁石を粉砕し、どうにかしてS極とN極を別々に磁石から取り出そうと日々ハンマーを握り、棒磁石めがけて振るっていた記憶があります。

しかし、そのような子供にとって楽しい磁石も、取り扱いを間違えると危険なものになってしまいます。強力な磁石が体内に複数個入ってしまう誤飲により、腸壁を挟んで磁石同士が引き合うため体外へ排出されず、開腹手術による摘出が必要となるケースが複数件発生しました。磁石に挟まれた部位に圧力がかかり壊死してしまうため、危険性も高く被害も重大です。

2023年6月19日から磁石おもちゃの磁力規制

2023年5月16日、「消費生活用製品安全法施行令の一部を改正する政令」により、消費生活用製品安全法の特定製品に新たに磁石製娯楽用品が指定され、技術基準に適合しない製品の販売が規制されることが報道されました。改正は6月19日から施行されます。

参考

経済産業省

ニュースリリース https://www.meti.go.jp/press/2023/05/20230516002/20230516002.html

消費者庁　誤飲事故報告書

https://www.caa.go.jp/policies/council/csic/report/report_021/assets/csic_cms101_220324_02.pdf

本改正には、適合すべき技術基準として、誤飲した場合でも体外に自然排出される水準の磁力である、磁束指数（極の最大磁束密度の二乗と面積の積）が50 kG2・mm2未満となることが求められると記載があります。

そこで気になるのが、この磁束指数を満たすためには、従来の磁石よりもどのくらい弱いものを利用しなくてはいけないのか？また、適合した磁石はどのくらい磁力が低下するのか？ということです。それによって製作できるおもちゃも変わってくるでしょう。

実際に様々な強度の磁石を準備し、規制に適合するかどうかを確認し、磁力を調べる、という一連の作業を実施すると時間とコストがかかってしまいますが、こんな時にはシミュレーションです。

規制に適合した磁石をFluxでシミュレーションしてみた

今回は、Altair Fluxを利用して、規制に適合する磁石は従来の磁石よりもどのくらい磁力が弱くなるのかを検証してみます。

まずは、規制に適合する磁石の残留磁束密度を調べます。磁束指数には磁石の強さと、その磁極の面積が影響しますので、今回の検討では磁石形状を立方体形状とし、残留磁束密度を0.1 ~ 1 T(テスラ)で、0.1 Tステップで変化させ、規制に適合する磁石の残留磁束密度を見つけます。

形状

・一辺5 mmの立方体で0.5 mmのフィレット(角の丸め加工)

材料物性

・残留磁束密度 0.1 ~ 1 T

・比透磁率 1.01

結果はこちらです。

上のグラフから、規制値（磁束指数が50 kG²mm²）程度となる磁石の残留磁束密度は、およそ0.4 T程度であれば良いことが分かりました。

従来の磁石と、規制に適合する磁石での磁束密度ベクトル分布を可視化すると以下のようになります。

さて、次に残留磁束密度が0.4 Tのときの磁力を調べます。磁力は、磁石同士の距離が影響します。腸の厚さは4mm程度あるそうですが、今回の検討ではより厳しく、粘膜よりも薄い0.1 mm程度の距離の磁力を求めました。

形状

・一辺5 mmの立方体で0.5 mmのフィレット(角の丸め加工)を二個

・磁石間の距離　0.1 mm

材料物性

・残留磁束密度 0.4 、 1 T

・比透磁率 1.01

結果はこちらです。

規制に適合した磁石では、従来の残留磁束密度 1 T程度の磁石よりも、磁力はおよそ1/6程度となることが分かりました。磁力1/6というのは、今回計算した一辺5mmの立方体の形状でコンビニの600mlのペットボトル飲料を磁力で持ち上げられていたのが、R-1ヨーグルトドリンク程度の小さな飲料を持ち上げられるくらいになります。磁石として考えると弱い印象を受けるかもしれませんが、今回の規制対象は子供用おもちゃなので、1/6でも十分かもしれません。