解析よもやま話【第42回:F1カーのロールバー強度】

先日のF1イギリスGPではスタート直後に大きなアクシデントがありました。幸いドライバーは無事だったようですが、ニュースに記されているように車両の安全性が問題になっています。レギュレーションではドライバー背後に設置するロールバーの強度基準が規定されていますが、果たしてこれで十分な強度だと言えるのでしょうか。

そこで今回はこのロールバーに似せたFEMモデルを作成して強度を確認してみることにしました。考えた手順は以下の通りです。

1. レギュレーションを満足する強度のロールバーモデルを作成する
2. モデルの基部にF1の車両相当の集中質量(規定に合わせ798Kg)を付加し、地面へ逆さまに落下させる

当然実機の材質や形状の情報は入手できませんので、写真を元にそれらしい形状を作成し材質はレギュレーションを満足できる妥当そうな特性値を設定することにしました。図1が今回作成したモデルです。

FEMモデル

図1作成したFEMモデル

材質はGTカーのロールケージなどによく使われてきた高張力のクロムモリブデン鋼を想定して降伏応力1GPa、引張強度1.5GPaに設定し、板厚2mmのシェル要素でモデル化してあります。このモデルの基部を完全拘束し、レギュレーションに従って上下方向105KN、前後方向70KN、左右方向60KNの荷重を剛壁を介して負荷しました。計算にはOptiStructの静的非線形解析機能を用いました。

図2に計算結果を示します。左から上下方向、前後方向、左右方向荷重時の変形図と塑性歪みコンターとなります。変形図は実際の変形量を10倍に誇張して表示しています。上下方向荷重と左右方向荷重でごくわずかな塑性歪みが生じていますが実機試験では検知できないレベルなのでレギュレーションに基づく評価には合格できる仕様と考えられます。

図2 静的非線形解析機能を用いた計算結果

次にこのモデルを使ってイギリスGPでのアクシデントを想定した落下シミュレーションを行います。F1カーは車両規定で最低重量798Kgとなっていますので、ロールバーの重量と合計して798Kgになるようモデル基部に集中質量を付加しました。落下した高さは不明ですが、今回は2mと仮定して初速6262mm/Sec(約22.5Km/h)で地面に衝突させます。1Gの重力加速度も同時に考慮します。

計算は2種類行いました。一つは上述の上下方向荷重のみ、もう一つは横方向へ地面を滑っていく荷重も同時に考慮したものです。これはアクシデントの状況からの推定として横方向初速40,000mm/Sec(約144Km/h)で摩擦係数0.5の地面から横方向荷重を受ける設定としました。計算にはRadiossの動的非線形解析機能を用いました。

図3に計算結果のアニメーションと塑性歪みコンターを示します。左側が上からの落下荷重のみ、右側が落下荷重に横方向の摩擦荷重も考慮したものです。落下荷重のみの場合で既に大きく変形しており、ドライバーの安全が保持できるとは言えない変形状況になっています。これは2mからの落下に耐えられない強度と考えられます。また横方向の荷重も同時に加わると完全に破壊してしまっていることが分かります。

計算結果のアニメーションと塑性歪みコンター

図3 計算結果のアニメーションと塑性歪みコンター

計算モデルの設定や境界条件に多くの推定が含まれているため確実なことは言えませんが、少なくともレギュレーションの強度規定を満足するだけでは今回のようなアクシデントの時にドライバーを守ることはできず、規定の改善が必要なことは間違いないと思います。

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カテゴリー: 学生フォーミュラ, 解析よもやま話

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