解析よもやま話【第38回:楽器の音色の解析】

前回投稿した記事「周波数応答解析の素朴な疑問」の最後で、「楽器の音色というのは音出しの最初の短い時間における色々な周波数成分を含んだ部分が楽器の種類や上手下手の判別に大きく寄与していると言われています。」と脱線しましたが、脱線続きとしてギターの共鳴音が再現できるのではないかと思いつき、OptiStructで「趣味レーション」してみることにしました。

バイオリンやアコースティックギターなど共鳴胴のついた弦楽器は、こすったり弾いたりした弦の振動によって発生する単独の音だけでなく、その音が他の弦や共鳴胴を共振させて複雑な音を発生させます。それが楽器の音色としての魅力でもあるのですが、状況によっては不快な雑音のような音が発生する場合があります。ヴォルフトーン(ウルフトーン)がその例です。

 

バイオリンのような擦音楽器は弦を連続して加振するので非常に目立ちますが、アコースティックギターのような撥音楽器でも発生します。現象としてはある音程の音を弾いた時に限って他の音よりも音量が大きくなり、しかも早く減衰してしまうのでアンバランスな聞こえ方となります。今回はアコースティックギターのヴォルフトーンがOptiStructの音響解析機能で再現できるか試してみることにしました。

アコースティックギターの共鳴胴部分と弦をモデル化します。共鳴胴(図1)は内部空間をソリッド要素の音響モデルとし、振動する表板(図2)のみソリッド要素の構造モデルとして単純化します。

図1 アコースティックギターの共鳴胴
図2 振動する表板

弦(図3)もサウンドホールの直径分の短いシェル要素の構造モデルとしてサウンドホール直上に配置します。

図3 アコースティックギターの弦のモデル

外部空間(図4)はギターモデルの周囲にソリッド要素で半径1mの球形の音響モデルを作成して表面に音響無限境界要素を設定し、評価点(マイクロフォン)はサウンドホール中心から垂直方向へ2mの位置に置きます。

図4 外部空間モデル

加振条件としては計算開始から0.1Sec経過した時点で弦の中心点にサウンドホールと垂直方向の荷重を0.01Secの間に1Nまで立ち上げ、次の0.01Secの間でゼロに戻すことにより爪やピックで弾いた状態を模擬します。

事前に共鳴胴単体モデルで固有値解析を行ったところ約150Hzで最初の空洞共鳴モード(ヘルムホルツ共鳴)が発生することが分かりましたので、表板と弦の物性値を調整して同様の約150Hzで共振するようにしました。この状態でOptiStructによる過渡応答音響解析を行いました。同じ条件で弦が約1音下の134Hzとなり共振しないように物性値を調整したモデルでも計算を行って結果を比較します。なお、OptiStructの音響解析は基本的に周波数応答解析のみに対応しているため通常の過渡応答解析は実行できないのですが、周波数応答解析の結果から逆フーリエ変換で過渡応答解析を行うTSTEP(FOURIER)という指定を行うことで実行が可能になります。方法についてはユーザーフォーラム記事とサンプルモデルをご参照ください。

図5 評価点位置での音圧応答計算結果

評価点位置での音圧応答計算結果は図5のようになりました。波形から分かるように、弦の固有振動数が150Hzの場合の方が134Hzの場合よりも最初に音圧が大きく立ち上がり、その後は逆にすぐ減衰していきます。楽器で実際に発生するヴォルフトーンの現象がOptiStructによる音響解析で再現できることが確認できました。これは、弦が発生した音の周波数がちょうど楽器の共振周波数と一致すると音によって振動が励起され、弦から直接届く音よりも楽器の振動による音が支配的となって音量が増大し、しかもこの音が弦から直接届く音と打ち消しあってしまうために全体としての音は早く減衰する、という現象と考えられます。さらに、共鳴胴の寸法(厚さ)を小さくすることで共鳴周波数を当初の150Hzから187Hzに変更して共鳴しないようにしたモデルでも同様の計算を行ってみました。すると図6のように現象自体は同様ですが音圧レベルは全体に小さくなっています。音圧が大きく立ち上がる現象に関しては共鳴胴内の共鳴がさらに助長しているということが分かります。

図6 共鳴周波数187Hzでの 音圧応答計算結果

結果をまとめると以下のようになります。

  • 弦が発生する音が表板の固有振動数と一致すると音が大きく立ち上がり短時間で減衰する(ヴォルフトーン)
  • さらに共鳴胴内の空気の共鳴周波数とも一致すると音はより大きく立ち上がる

上述のウィキペディアの記事では「ヴォルフ・エリミネータと呼ばれる機材で除去することが出来る」と書かれています。これは同じく動吸振器の一種と考えることができます。

 

アコースティックギターではこのような機材を設置することは構造上できないので、製作時に共鳴胴内部に補強材を配置して固有振動数が演奏では使われない半音の間になるように調整しているようですが、半音の間程度の周波数差では十分離れているとは言えないため程度の差こそあれどの楽器でも完全には避けられない現象です。

実はこの現象を再現してみようと思った当初、共鳴胴内の空気の共鳴だけが原因と思い込んでいたため、共鳴胴の空間モデル(図1)と弦の構造モデル(図3)だけで計算を行いました。すると共鳴周波数で音圧が大きく立ち上がる現象は再現できたのですが、その後急激に減衰する結果は得られませんでした。そこで表板の構造モデル(図2)も追加することで急激に減衰する現象も再現できることが分かりました。発生している現象の要因がどこにあるのか解明するためにCAEが非常に有用だということを改めて感じることができました。

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カテゴリー: 解析よもやま話

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