防弾チョッキの防御力を人体モデルで衝突解析してみた

身近な科学検証シリーズ

*本ブログは、本社ブログ「Digital Debunking: Die Another Day – Is a Bullet Proof Vest Enough to Save Your Life?」を翻訳したものです。

ジェームズ・ボンドは映画の中で危険なカーチェイスを繰り広げ、高層ビルほどの高さをパラセーリングで渡り(CGIのクオリティについてはコメントを控えます)、命がけの銃撃戦にも不安を感じていないようです。防弾チョッキがあってよかったですね。

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ところで、防弾チョッキは、1975年にリチャード・デイビスが発明しました。ナイロンの繊維が幾重にも重なり網目が非常に高密度なので、弾丸のエネルギーを分散させ、網目の貫通を防ぐことができます。デイビスは実際に自分の腹を撃ちこの発明の機能性を証明しています。彼のチョッキは現在までに200回以上も撃たれていますが、最初の一発は科学のため、残りはショービジネスのため、だったようです。ジェームズ・ボンドだったら引き受けたでしょうか。

防弾チョッキは着用者を十分に保護することができるのでしょうか?

防弾チョッキで弾丸を止めることはできても、その運動エネルギーによって負傷や死亡のリスクはあります。運動エネルギーが向かう先は不幸なことにたいてい体のどこかです。そのため防具や防護服を製造する企業は、試験装置、弾道衝撃、防護服、および人体の正確なシミュレーションモデルを用いて、弾丸の力が人体に与える影響を検証し、安全性の向上に努めています。

従来、耐弾時鈍的外傷(BABT: Behind Armor Blunt Trauma)の試験はダミーを用いて行っていますが、その結果を本物の人間にも当てはめられるかは疑問のままです。リチャード・デイビスのように、新しい防護服の機能性を確かめるために、自分を撃ってほしいと思う人はなかなかいません。

防護服も製造している素材メーカー、デュポン社は、超弾性素材でできた半円筒状の胸郭サロゲート、サロゲートと防護服を支えるスチール製のフレームワーク、計測システムで構成される検査装置「Dynamic Trauma Analyzer(DTA)」を開発しました。他の試験装置では、ゼラチンブロックの残留変形を測定するだけですが、DTAでは、胸部などの体の動的な生体力学的反応を、変位や速度の履歴とともに記録できます。

防弾チョッキの防御力を人体モデルを使って衝突解析してみた

デュポン社が開発したダイナミック・トラウマ・アナライザー(DTA)

デュポン社はより効果的な保護ソリューション設計のため、フランスのエンジニアリング企業CEDREM社と、弾丸、保護ソリューション、DTAの挙動シミュレーションを共同研究することにしました。

弾丸モデル

この研究でデュポン社が使用したのは、9mm、.44マグナム、.357マグナムの3種類の弾丸です。これらの弾丸の数値モデルはCEDREMに含まれており、いずれも銅の外皮の中に鉛の芯があり、それがソリッド要素でモデル化されています(ちなみに、これらの弾丸は、様々なジェームズ・ボンド映画で使用されているものと同じです)。

防弾チョッキの防御力を人体モデルを使って衝突解析してみた

3種の弾丸モデル

保護材のモデル化

CEDREM社の複合材料の糸まで正確にモデリングするKTexを用いたメゾスケールなアプローチと、Altair Radioss™の一層のシェル要素モデルを用いたマクロスケールなアプローチの検証結果がほぼ同じだったため、計算時間の早いRadiossを採用しました。

DTA材料のモデル化

DTAの材料は超弾性ゴムで構成されているため、準静的圧縮試験と動的圧縮試験の両方を実施してひずみ速度依存性を評価し、正確なシミュレーションモデルを構築できました。ひずみ速度依存性は見られず、シミュレーションモデルの正確さが証明されました。

防弾チョッキの防御力を人体モデルを使って衝突解析してみた

低速圧縮試験

防弾チョッキの防御力を人体モデルを使って衝突解析してみた

高速圧縮試験

検証

いよいよ、シミュレーションモデルの検証です。9mmの弾丸を衝突させた試験結果と、シミュレーション結果を比較しました。実際のテストでは、DTA裏面の最大変形量は4.1ms時に22.2mm、シミュレーションでは3.79ms時に22.6mm、さらに、衝撃を受けたときの保護層の穿孔数も非常に似た結果となりました。同様の比較は、.44マグナム弾と.357マグナム弾でも行われ、どちらも正確な結果が得られました。

9mmはジェームズ・ボンドが愛用するワルサーPPKに最も近い口径の弾丸です。より大きな口径の.44マグナム弾は、「死ぬのは奴らだ」のソリティア救出のように、より強力なパワーを必要とする状況のためにあります。様々なサイズの弾薬に対応できる防弾服開発に、仮想試験は非常に重要です。

防弾チョッキの防御力を人体モデルを使って衝突解析してみた

9mm弾丸衝撃シミュレーション

HUByxで人体内部に及ぼす影響を検証

CEDREMには、CTスキャンどおりに内臓器官を表現した有限要素人体モデルHUByx(Hermaphrodite Universal Biomechanical XY)もあります。防衛用途に開発されたもので、鈍的な衝撃や爆風による負荷が人体内部に及ぼす圧力伝播を測定できます。

衝撃波の様子

人体への影響

DTAで収集したデータを使ってHUByxでシミュレーションを行い、防護服を着用した人体にどのような影響が出るかを調査します。

人間の体は、衝撃を受ける場所によって、影響の出方が異なります。例えば、肋骨に衝撃を与えた場合と、胃に衝撃を与えた場合では、結果が異なります。CEDREMでは、この点を考慮して、両方についてシミュレーションを行い分析しました。

HUByxを用いた9mm弾丸衝撃シミュレーション。腹部への衝撃(左)、肋骨への衝撃(右)

当初は、DTAと同様に肺の変位を記録していましたが、衝撃を受ける場所によって結果が異なることを考慮すると、肋骨や皮膚の変位を調べる方が一貫性があるとの結論に至りました。

まとめ

この研究により、シミュレーションと実験の相関関係が示されました。実物とシミュレーションの両方で防護服をテストできるので、ユーザーの課題を満たす製品を自信を持って製造できます。この技術は、防衛分野以外にも応用できる可能性が非常に高いです。

最初の質問に戻りますが、防弾チョッキは命を救うのに十分なのでしょうか?それは、場合によります。防弾チョッキは銃弾を防ぐことはできますが、その際に発生する力によって負傷したり死亡したりする可能性があり、衝撃を受ける場所によって怪我の種類や重症度に大きな違いが生じます。

しかし、今回の技術を導入することで、より明確で詳細な情報を得ることができ、それに応じて最適化し設計に反映できます。ジェームズ・ボンドが最先端のテクノロジーを利用することはよく知られていますが、正確な人体の有限要素モデルで、保護服の効果をテストすることも私たちにとって非常にクールなことです。

アルテア検証済み

CEDREM社のKTexおよびHUByxツールは、Altairパートナーアライアンスを通じてAltairユーザーに提供されています。

 

 

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カテゴリー: Altair Global Blog, 身近な科学検証

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