解析のはじまり「OptiStruct物語」

シミュレーション主導設計のパイオニア、構造解析ソルバーOptiStructはこうして生まれた

この記事は、NAFEMS(International Association for the Engineering Modeling, Analysis & Simulation Community)が発行するBenchmark Magazineに掲載された記事の要約を翻訳したものです。詳しくは nafems.org をご覧ください。

1980年代後半から1990年代初頭にかけて、トポロジー最適化という新しい概念が工学研究コミュニティで話題になりました。トポロジーと形状最適化のための均質化法は、1988年にMartin Bendsoeと菊池昇博士が最初に紹介し、研究業界で大きな話題となりました。

数理最適化の概念を用いれば、目的関数と制約条件を入力することで、コンピューターに理想解を見つけるまで繰り返しシミュレーションさせることができます。トポロジー最適化アルゴリズムは、構造物の形状とトポロジーを最適化しながら、これと同様のことを行います。その結果、最小限の材料を使って、決められた設計空間内で寸法と機能要件を満たす部品を作ることができます。

Altair 365の最高製品責任者であるJeff Brennanが大学生活のはじめに、最適化をエンジニアリングに適用する手法を学んだころ、ちょうどトポロジー最適化が流行り始めていました。

Jeff Brennanは、「私の所属する工学クラスの全員が、Fortranで機械力学の問題を解こうと徹夜をしていました」と語ります。

「私がコンピューターラボに行こうとしたら、ルームメイトが6本入りのビールを持って寮に帰ってきました。『Tom、君は僕らみたいに一晩中ラボで過ごすつもりはないんだね』と言ったら、『まさか。僕は行かないよ』と答えました。

ところが、Tomはアルゴリズムを書いていて、Fortranプログラムのステートメントの位置を最適化ループの変数にしていたのです。その最適化プログラムの実行ボタンを押すと、最速の答えが出るまで様々な処理の並び替えが繰り返されます。その夜、Tomはただ座ってビールを6本飲んでいました。分かる人には分かるんですね。数値アルゴリズムを使って、少ない作業で最高の答えを出す方法を知っている人もいるのです。私は、『これだ!』と思いました。」

Brennanはミシガン大学に進学し、トポロジー最適化の創始者の一人である菊池昇博士の機械工学研究室と応用力学グループで学びました。トポロジー最適化を最初に応用したのは、骨粗鬆症や人工関節の研究のためのバイオミミクリの研究でした。

この研究では、健康な人の骨の成長を促す要因を研究し、高齢者の患者にも同じような励起を再現することを目標としました。基礎理論は、体は最適な方法で骨を成長させる、です。これはウルフの法則の延長線上にあるもので、ストレスをサポートするために必要な部分の骨の材料と密度を増やすことで、身体は力学的ストレスに対応すると仮定しています。

卒業後、Brennanは、当時前処理ツールHyperMeshで成功を収めていた小さなエンジニアリングコンサルティング会社Altairの面接を受けました。面接で、Brennanは、学生時代に行っていたトポロジー最適化の作業をAltairに見せました。トポロジー最適化を商業化できると考えたAltairは、Jeff Brennanを雇い入れました。

Altairの創設者であり会長兼CEOであるJim Scapaは、こう言います。「その技術を見て、とても興奮しました。最終的には、菊池教授と彼のパートナーであるAlejandro Diasとの間で、ソフトウェアを販売する契約を結ぶことになりました。私たちはこの技術の可能性を本当に信じていましたし、発展させたいと思っていました」。

OptiStruct最初の顧客を獲得

Brennanは、1992年にOptiStructの最初の伝道師となり、この新技術を売り込むために、国内にとどまらず、世界中を旅しました。

Brennanはこう言います。「最初のころは、非常に多くの拒絶反応を受けました。OptiStructの販売を始めたのが、若いころでよかったと思いました。人々のプロセスに合わなかったからです。OptiStructの良さは分かってもらえても、使用してもらえなかったのです。」

販売初期は苦戦しましたが、OptiStructの知名度はエンジニアリング業界で徐々に高まり、売れ始めました。1994年には、OptiStructはインダストリー・ウィーク誌の「テクノロジー・オブ・ザ・イヤー」に認定されました。

また、1994年には、AltairはゼネラルモーターズにOptiStructの話を持ちかけました。現在、CIMdata, Inc.でシミュレーションおよび解析のプラクティスマネージャーを務めるKeith Meintjes博士は、当時GM Powertrainのシミュレーションマネージャーを務めていました。

「JeffはGM Powertrainに来て、どうにかしてOptiStructを売りつけようとしました。私は最初の顧客であることが自慢です。その時点では非常に使いにくいソフトウェアだったのですが、才能あるエンジニアの手にかかれば、魔法のように機能を発揮しました」

図1:1995年のAltair共同創立者George Christ、Jeff・Brennan、Jim Scapa。.
図1:1995年のAltair共同創立者George Christ、Jeff・Brennan、Jim Scapa。

OptiStructで成功を収めたAltairは、ソフトウェアの原著者である菊池氏とDiasに、技術の購入を持ち掛けました。しかし、知的財産の所有権をめぐって11時間にも渡り意見が対立したことで契約は危機的状況となりました。Scapaは、知的財産権なしにラボのプログラムを譲り受け、新しい商用ソフトウェアを一から開発することを決意しました。

「Diasの姿勢は厳しく、私もそうでした」とScapaは述べています。「Diasは私にできるとは思っていませんでした・・・。私も本当にできるかどうかはわかりませんでしたが、忍耐力があればできると考えていました」とScapaは述べています。

これは大いなる一歩でしたが、さらなるプレッシャーが伴いました。Altairには、OptiStructの顧客が多くいましたが、そのすべての顧客からソフトウェアのバージョンアップを要求され、実質的にゼロからの再構築を余儀なくされていたのです。

「次のOptiStructの開発をするためにHarold ThomasとYaw-Kang(YK) Shyyを雇いました。2人のおかげで、どうにかして約6ヶ月で新しいソフトウェアをまとめることができました。2人は優秀なプログラマーでした。そのため、2人は当社のプログラムマスターになりました」

ThomasとShyyを雇って間もなく、研究グループのもう一人のイノベーターであるMing Zhouに出会いました。彼は、OptiStructを次のレベルに引き上げてくれました。

Scapaは、「Haroldが私のところに来て、『すごく優秀な最適化研究者が来てくれるよ。しかも博士号付きだ。この人は、革新的な論文を何本も書いているんだ』と言ってきました。Mingが参加してくれたおかげで、新しいものを作り出すことができました」と述べています。

「Mingは本当に技術のパイオニアです。学術界でこの技術が扱われるようになったころから関わってきました。Mingは、HaroldやYKとともに、この手法を築き上げました。彼らはトポロジー最適化を商業化した先駆者です」と、Altairの最高技術責任者であるUwe Schrammは述べています。

最新の有限要素解析ソルバーの完成

1997年から1998年にかけて、開発チームによりOptiStructの将来の成長を形作る主要な機能が実装されました。開発チームは、プログラムを均質化法から密度法へと移行し、有限要素解析(FEA)ソルバー機能と製造性制約条件を追加することに注力し始めました。

「最適化したければ、良い解析をしなければなりません。顧客は、複雑なモデルを次々に持ってきて実行したいと要望するため、顧客を満足させるためには様々な機能を追加しなければなりませんでした」とSchrammは言います。

「OptiStructは、最適化プログラムであると同時に、非常に高性能なソルバープログラムにもなりました」とBrennanは述べています。「現在、第三世代のソルバープログラムは、材料非線形性、幾何学的非線形性、あらゆる種類のギャップ制約、接触などの非線形問題を見事に処理しています。市場に出回っている線形、非線形、最適化プログラムという点で、世界クラスのものになっています」

次世代の最適化を実現

自動車関連で主要な顧客を獲得したAltairは、航空宇宙を中心とした他の市場にも目を向け始めました。Airbus A380軽量化プロジェクトは、航空宇宙分野でのOptiStructの大きな成果です(図2)。

図2:エアバスA380の主翼リブのシミュレーション。
図2:エアバスA380の主翼リブのシミュレーション。

「エアバスの構造物グループは、英国のコンサルティンググループと共同研究を行っていました。彼らは必死でしたから」とBrennanは言います。「A380の主翼構造は重量オーバーで、飛び立つことができませんでした。彼らには必要とする製造上の制約があったのです。インボードからアウトボードまで13種類のリブを翼に付けたり、トポロジーやトラス構造がそれぞれの箇所で異なるようなことにはしたくありませんでした。これでは、ワイヤーハーネス担当者にとって悪夢となりますからね。

OptiStructの開発チームは、パターン認識と反復のための方法論を開発しました。それにより、基本的には各々のウイングリブセットが似ているように見えて、かつ、同じ数の穴を持つようにしたソリューションを考え出すことができました。これが、製造可能かつ実行可能なソリューションを生み出す大きな違いとなりました。

ソフトウェア開発とアプリケーションを相互作用させたことにより、OptiStructが初期の段階で成功しました。顧客の要求を必要なときにすぐに、そして時には一晩中でも受け止め、プログラム化し、問題を解決するという柔軟性があったからです。このことが、革新的な企業であるというだけでなく、それを実現する企業としてのAltairの評判を確固たるものにしたのです」。

OptiStructを早期に導入した企業は、成功を収めました。Altairは大規模なOEMメーカーをOptiStructの顧客として持っていましたが、小規模な顧客もまた、競争上の差別化要因としてのOptiStructの可能性に気づき始めていました。

「故郷のミシガン州カラマーズーの近くにあるネルソン金属(Nelson Metals)という会社を訪ねたときのことが忘れられません」とBrennanは述べています。「ネルソン金属は小さな金属鋳造会社でした。しかし、その会社は、他の鋳造会社と比較して本当に競争力を持っていました。というのも、その会社はコンセプト会議に現れて、『部品を20%安く、性能も改善し、30%軽くできます』と言ったのです。

そのオープンな考えがあったからこそ、早期に導入した企業はアドバンテージを得られたのです。早期に導入した企業の中には、今でも優位性を持っている企業もあると思います」

谷間を越えて

OptiStructの商業的可能性を認識したJim Scapaとアルテアのマネージメントチームは、次の課題として、大きな成功を得る方法について検討しました。

「技術と製品ライフサイクルについて基本的なことを語った、Geoffrey Moore著の『谷間を超えて(Crossing the Chasm)』[1]という本があります」とScapaは述べています。「初期市場の技術には最初、上昇カーブがあり、イノベーターや早期導入企業が製品を発見し始めますが、その後、これらの初期技術が主流の市場に到達するまでの間には「谷間」が存在します。多くの製品が初期の成功を収めているにもかかわらず、多くのテクノロジー企業では、ここから飛躍を遂げ、より成熟した安定した市場に進出することは非常に困難です。ほとんどの製品は、結局この谷間に落ちてしまいます。

私は、OptiStructがこのカーブに沿って、この谷間を越えて飛躍するのを見ました。実際、製品開発コミュニティ全体の中でOptiStructを確立するまでには、多くの時間を要しませんでした。真に有用な部品を製造できるように、製造上の制約を克服しなければなりませんでした。そして、設計段階で使用することに意味があることを技術部門に納得させなければなりませんでした。

1999年、OptiStructをAltairが新たに導入したユニットベースのライセンスモデルの一部とし、顧客にAltairのCAEアプリケーションに適用できるリサイクル可能なトークンを購入してもらいました。当初は、OptiStructの収益の損失を懸念した営業チームや財務チームを中心に、消極的な姿勢が見られました。

「当社の主要製品はHyperMeshでしたが、OptiStructが大きなチャンスであることは明らかでした」とScapaは述べています。「その時の私の課題は、『どうやったらこの新製品がもっと魅力的になるか』ということでした。そこで、最初に思いついたのが、Altairのユニットベースのライセンスモデルです。基本的にHyperMeshの販売を中止し、代わりにユニットモデルの販売を開始することで、顧客がすぐにOptiStructにアクセスできるようになりました。そうすることで、1人の顧客に2つ目の製品を販売しなければならないという摩擦がなくなり、そこから成長が始まりました。率直に言って、もし私がそうしていなければ、OptiStructは大きな溝に落ちていたかもしれないので、これは非常に重要な決断でした。長期的に見れば、このユニットモデルは、当社が今のような成功を収めている大きな理由だと思います」

Dプリンティング革命

「当社の技術は常に素晴らしかった」とScapaは述べています。「競争相手は長い間現れませんでした。3Dプリンティング企業が参入し始めて、ようやく競合が現れました。積層造形とトポロジー最適化に関しては誇大広告がありましたが、当社がOptiStructで提供していたソリューションを用いれば、内部に空隙を持つ部品を製造することができ、鋳物やスタンピング、その他の従来の製造プロセスでは製造できないあらゆる種類の形状を製造することができるため、積層にも最適でした。

積層造形の台頭に伴い、市場での競争が始まりました。それに伴い、OptiStructの地位に対する挑戦も始まりましたが、同時にチャンスも訪れました」

「まだまだ多くの課題があります」とBrennanは述べています。「デジタルツインを3Dプリントに直接用いて、迅速に形状を調整し、迅速に評価できるようにすることができます。トポロジーが最適化された構造を老朽化した部品に応用するなど、部品の交換は大きなチャンスになるかもしれません。1960年代のCADファイルを持っていなくても、位置、体積、荷重ケースを指定するだけで、理想的な形状を素早く生成してプリントすれば、Amazonのような場所から一晩で交換品を手に入れることができるのです。アニメの道具みたいに」

APWorksで3Dプリントしたアルミニウム製バイク
図3:APWorksが3Dプリントしたアルミニウム製バイク。

OptiStructの実績と可能性

現在、世界中で3,000社以上の企業がOptiStructを利用しています。

「当社は、『シミュレーション主導の設計』という考え方と、広汎な最適化を推進することで、シミュレーション技術の最先端を走ってきました」と、Scapaは述べています。「OptiStructは、過去25年間で、多方面に影響を与えてきました。OptiStructは、現在の軽量化技術の基礎を作ったと思います」

「OptiStructは企業の変革に役立ち、企業が現在のグローバル市場で競争力をもつ助けとなってきました」とBrennanは言います。

「OptiStructは、1993年当時には不可能と思われたであろう多くの偉業を達成しましたが、Altairチームはこのツールをさらに進化させる可能性を見据え続けています」

「今日では、多くの人々がラティス、新材料、複合材料、形状との混合トポロジーに興味をもっていますが、今ではよりスムーズに、統合的に行うことができます」とScapaは述べています。「当社は長年にわたり、従来の線形解析ソリューションの多くをOptiStructに置き換えてきましたが、今では非線形解析ソリューションについても同様のことを始めています。その理由は、当社のすべてのソリューションが、最適化技術の統合に役立つからです」

「また、機械学習やモノのインターネット(IoT)については、高度な構造解析や最適化と組み合わせて、魅力的な内容を提供しています」

「当社は、より複雑で高度な非線形問題を解決できるよう、形状やトポロジーの最適化アルゴリズムにAIや機械学習を組み合わせて適用したりといった、多くのプロジェクトを始めています」とScapaは述べます。

「現場から実際にどのように動作しているかのデータを取得し、それをデジタルツインの情報提供に利用する技術には、大きな可能性があります」とBrennanは述べています。「トポロジーやデザイン形状は生き物で、デジタルツインによって環境からフィードバックを得ているという考えは、私には衝撃的ですが、実現することを願っています」

設立当初から、OptiStructは商業市場においてトポロジー最適化の概念を開拓してきました。世界中のほぼすべての産業において、以前は不可能と考えられていた軽量化と性能向上を可能にしただけでなく、設計者やエンジニアが製品設計に取り組む方法を根本的に変えました。将来的に何が起こるかは誰にもわかりませんが、OptiStructは、製造、コンピューティング、およびデータアナリティクスの進歩に適応し、革新的な実績を残し続けるために努力しています。

参照文献

[1] G. A. Moore, Crossing the chasm: marketing and selling disruptive products to mainstream customers. New York, NY: HarperBusiness, an imprint of HarperCollinsPublishers, 2014.

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カテゴリー: Innovation Intelligence Global

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